望美は、花断ちの練習に行ってしまった。
一足先にできるようになったは、部屋にこもらされるのが
いやでよく散歩に出ていたが、その日はたまたま部屋に残っていた。

じっと縁側で座っていると、弁慶がやってきて話かけられた。

さん、おはようございます」

「おはよう」

思わず逃げようとしたが、寒くて体が動かない。
もう春とはいえ、まだ寒い。

弁慶は、ちゃんとが震えているのに気がついたらしい。

「寒いんですか?」

少し心配そうな顔をしながら聞かれると、は、

「少し・・・」

なんて答えた。
本当は少しなんかはなく、すごく寒かったが、はそんな素直な
性格じゃないので、そう言ってしまう。

「そうですか・・」

そう言って、弁慶はそっとその場を離れた。

は首をかしげながら、また外を見つめることにしたようだ。







しばらくして、弁慶が帰ってきた。

さん、これをどうぞ」

弁慶が持ってきたのは、弁慶がかぶっているような外套だった。

「予備があったんで、もってきました」

どうやら、弁慶はこれをとりに行ってくれていたらしい。

「いいのか?」

寒くて、外を歩く気にもなってなかったにはかなりいい話だ。

「どうぞ、寒くて風邪をひいたら大変ですから」

そういってそっと外套をかぶせてくれる弁慶の顔は天使だ。
いや、仏教だから、天使はまずいかもしれないけど。

「ありがとう」

素直ににこりとわらって外套を着た。

「あたたかい」

そういって弁慶を見ると、何かいつになく100%笑顔の弁慶の顔に出会った。

「・・・・・どうかしたのか?」

「いえ・・・・ただ、にゃあって言ってもらえますか?」

「は?」

よく分からない、注文だ。
宮沢賢治も思いつかなかっただろう。

「言ってもらえませんか?」

「べ、別にいいけど・・・」

別に断る理由はない。

「にゃ、にゃあ?」

そっと言ってみると、120%くらいの笑顔になった気がする。

「もう一度」

そういわれて、もう一度、

「にゃあ」

とつぶやくと、弁慶は満足したようだ。

「ありがとうございます。
そうだ、望美さんを見に行きませんか?」

そう言う笑顔には明らかににNOと言わせぬ何かが含まれている。

「う、うん・・・」

ほんとに、なんでこんなご機嫌なんだ・・・?




外套をひるがえして歩く二人。
しかし、なんだか人の視線をやたら感じる気がした。
いつもはぜんぜん人の視線なんて感じないのに・・・

「弁慶は、みんなに慕われているのか?」

「は?」

「だって、なんかみんな見てるから・・・」

「あぁ・・・」

突然のの発言は、どこかずれている。

本当は、が注目を集めているのに。

さんが、かわいいからじゃないですか」

なんて、いってみるがはすごいまずいものを
無理やり食べさせられた顔、
つまり苦虫を食った顔を見せただけだった。





「春日さん」

そう言って、近づいていると望美は驚いた顔になる。

ちゃんと、弁慶さん・・・」

明らかに望美の視線はに釘付けだ。

「弁慶さん、うまくいったみたいですね!」

満面の笑みの神子に、は何を言っているか分からない顔だ。

「はい。なかなか楽しかったですよ」

「?」

は何を言っているのか分からないので、とにかく
譲に話しかけることにした。

「有川くん。春日さんの調子どう?」

「え、えぇ・・・」

しかし譲は何かに気を取られているようで、空返事だ。

「・・・・・なんだよ・・・」

結局相手にしてくれないので、は詰まらなさそうだ。

「ねぇ、ちゃん。にゃあっていって!」

またこのお願いだ・・・

「にゃあ!!」

もうやけくそ気味にそういうと、
望美は我慢できないといった風に笑い始めた。

「かわいい!!!ちゃん、かわいい!!!」

望美は、とにかくかわいいを繰り返す。

「意味がわからん。春日さんのほうがかわいいと思うけど・・・・」

ふと、白龍と目が合った。

。猫だね!!」

・・・・・・・・・・。

この一言にそこにいる者の動きが止まる。

「白龍に言っておくの忘れてた・・・」

とつぶやくのは望美だ。

「猫?」

たしかに、にゃあとは言ったが、
イコール猫なんていわれる筋合いはない。

「そう!猫だよ!だってその服・・・」

そこまで言ったところであわてて望美は白龍の口を手でふさいだ。

「な、なんでもないのよ、ちゃん」

明らかに嘘だ。

絶対嘘だ。

「服?」

怪訝に感じて、そっと弁慶に借りた外套を脱いでみる。

・ ・ ・ ・ ・ ・。

(間)

「べんけい・・・」

思わずひらがな。

「ハイ、何でしょうか?」

しかし、弁慶にあわてた風はない。

これをたくらんだのは策士の自分じゃなく、望美だから・・・

「望美・・・」

望美の笑顔は引きつっている。

「な、ちゃん、落ち着いて?」

「なんだこれは!!!!!!!」

噴火!!

その外套は、弁慶と似て非なるところがあった。

「猫?」

望美は、とにかく返答をしてみる。

「猫?じゃない!!」

実は、その外套の頭の部分に動物の耳のような出っ張りを縫い付けてあったのだ。

「もう知らない!!!」

どうやら、は望美の罠に自分から突っ込んで言ってしまった
火にいる夏の虫(今春だけど)らしかった・・・